頭で考えすぎて何も言えなくなった時

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そこに元気が無い人が居ました。
するとAちゃんは「元気出して!」と言いました。
Bちゃんは黙って元気の無い人の肩を摩りました。

AちゃんBちゃんどちらを選択しても別に良いですよね♪

世の中の本には〇〇した方が良い。〇〇したら駄目だ。と書かれている事が沢山あり、本を読みすぎて何も出来なくなる事があります。知識はあらゆる選択を広げてくれますが、そこに仕分けが入ると選択を狭めてしまいます。仕分けは「良いか?悪いか?」の仕分けです。

ある人は言いました「元気が無い人に対して、元気を出して!という言葉は、元気が無い自分に価値は無いと受け取ってしまう可能性があるので言ってはダメだ」と。

私はその可能性もあるが、無い可能性も両方存在すると感じます。言葉は受け取り手の事を考えて発するのがベストだとは思いますが、受け取りてが100%理解できる方法で発信しなければならないか?と言われたら無理です。
もしそれが可能であれば、会話は必要無くなります。レスポンスは1回で終わり会話する必要が無いからです。

たとえ受け取りてがネガティブに受け取ってしまったからと言って「元気をだして」という言葉は相手を気にかけているという気が存在します。もし、子供に「元気だして」と言われたら、元気が無い自分は価値は無い。と思うでしょうか。それも感じ方は人による事でしょう。

あらゆる法則をいままで探してきましたが、この世の中は全て人による事と、やってみないと分からない事が沢山あると感じました。

黙って肩を摩る人も言葉にはしないが、相手に対して気が存在しています。受け取り方は何万通りもあり、発信の仕方も何万通りもあり、もしそれが失敗してしまった時は、ゲームオーバーではなく会話で繋げる事が可能だという事。

分かり合えない事も沢山ありますが、分かり合えないなら、そのままでもいいじゃありませんか。
そんな時もありますし、話を聞くか聞かないかは、相手の自由意志に委ねられます。

分かりあいたい相手ならば会話すれば良い。

スピリチュアルって本当に何が良く悪くとかは無く、ただ生きていれば良い。それだけ。考える事も、悩む事も、笑う事も、何か良い悪いで仕分けしてしまう事も、仕分けしない事も、全部それでいい。

頭で考えすぎたあなたも、考えないあなたも、今この瞬間は正しいでしょう。

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